Club GERONIMO Challenge 2018

2018年のClub GERONIMO チャレンジ企画は、「レースありき」の宮古組、皆生組、メインイベントとなる佐渡組、「チームありき」のTeam GERONIMO 2018となります。2018年のためのトレーニングは、10月からスタートです。

Club GERONIMO 宮古組 2018

Club GERONIMO 皆生組 2018

Club GERONIMO 佐渡組 2018

Team GERONIMO

 

 

「チャレンジ 2019!」

Club GERONIMO 佐渡組 2018 Member’s Report

Club GERONIMO 佐渡組 2018 Finisher

柴田選手

            柴田選手                                  鈴木選手

            人見選手                                    小林選手

      土屋選手                   片岡選手

 

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 参戦記(Aタイプ柴田選手)

佐渡参戦記

ロングに憧れてトライアスロンを始めました。 でもここ数年、トライアスロン大会への出場が減ってました。トライアスリートと名乗るのが恥ずかしいくらい。理由は仕事が忙しかったり、怪我だったり。 そんな中ですが、佐渡への出場を決めたのは、30回記念大会という、ちょっと不純な理由でした。

A、Bは迷いました。Aを必ず完走出来る自信は無かったけど、Aに決めたのは、やっぱりロングが好きだから。これをきっかけにロングのトライアスリートに戻りたかったから。 でも、数年来の肩腰の悪さが更にひどくなり、今年前半はバイク・ランともにトレーニングがほとんどできませんでした。普段の姿勢なども原因だった事がわかり、なんとかトレーニングがまともに出来るようになったのは6月ハワイのハーフの2週間程前。滑り込みセーフでなんとか完走はできました。

次は佐渡に向けてですが、快方に向かっているとは言え、力んだり、疲れると姿勢が悪くなり、痺れがひどくなる状況。目標は完走とし、焦らず力まず追い込まず、今後も長く楽しくトライアスロンを続けられるよう、姿勢やフォーム改善に重点をおきました。マイペースでリラックスしたトレーニングをしました。 但し元々スイムが一番の苦手種目、近所のスポーツクラブのマスターズスイムがトレーニングの中心ですが、いつも年配の方に追われる状況は変わらず。距離や強度、また海での実践に不安を残したまま、本番を迎える事になりました。

佐渡は久しぶりとは言え、数年通った場所、金曜日入りできるのも働き方改革のおかげ、弁慶の寿司や浦島の食事を久しぶりに堪能しました。受付会場や大会会場、スタート当日の手順なども昔と変わりなく、リラックスして大会、スタートを迎えることができました。

まず最初のスイムですが、以前のように泳げないのは承知の上、また肩腰の悪さからヘッドアップが全くできなくなっており、ゆっくりでも良いので、リラックス且つ、なるべくまっすぐ泳ぐことを意識しました。周回はキライですが、以前と違い2周回になっているのも助かりました。遅いので2周回目になると、ほとんど周りに人がいなく焦りもありましたが、とにかく完泳目標なのでマイペースで。完泳が見えてきたのは2周回折り返してから半分くらい来て陸の建物が認識出来るようになってから。なんとかなりました。 陸に上がるとタダゴンが心配して泣いてました。どんだけ遅かったのか。。

バイクですが、以前ならスイムの遅れを取り戻すべく頑張るのですが、肩腰の痛みから2番目の心配種目、とにかくマイペースでした。TTバイク・DHポジションでの乗り込みが少ない為、なんの為のTTバイクなのか、ほとんどハンドルバー握りでした。後で確認するとDHの写真は1枚も無し。 完走目標なのでとにかく踏まずにマイペースを心掛けましたが、バイク序盤のエイドで固形物を取らなかったからか、40キロ、80キロ、両津100キロで無気力感(軽いハンガーノックか)に襲われました。ロング好きでも補給に成長なし。なんとか2時半までに小木に着くのが目標で、ギリギリかと思いつつ2時ちょい過ぎに到着しました。但し応援部隊の応援を受けた後は再度目標を失い失速、無気力感と向い風にやられつつ、ここで頑張ってもランで走れないとくるくる回し、最後に抜かれまくりバイクフィニッシュに到着。周りのバイクはほとんどありました。遅い。

最後のランですが、なんとか完走が見えたと思いつつ、ゆっくりマイペースで走り出しましたが、速攻でまた無気力間と気持ち悪さに襲われました。もうジェルは取りたくなく、とは言えおにぎりとかも受け付けず、しょうがなくコーラとお友達の歩きモードに入りました。 頑張れば走れるのか、根性出せば走れるのか、頑張って走っても潰れて更に状況が悪くなるのか、すれ違うチームメンバーが皆頑張って走っている中、葛藤の中で1周回目はほとんど歩きました。 2周回目、このままのペースではギリギリなのがわかったので、コーラもポカリも受け付けなくなった中、少しでも貯金を作るべく、平坦はなるべく走り、苦しくなったら歩きを繰り返し、2周回の折り返しで、なんとか完走が視野に入りました。

最後はほとんどのチームメンバーと同伴ゴール、恥ずかしいながらも印象に残るゴールとなり、制限時間ギリギリでロングのトライアスリートに戻れました。

本当はしばらく来年の事は考えたくありませんでしたが、タダゴンも来年はAにチャレンジするとの事。 僕もやっぱりロングが好きなんです。 今年のタイム以下はありませんので、あとは上を目指して、また1年頑張ります。

 

柴田 亮

 

 

「来年は、完全燃焼を!」

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 応援記(Cタイプ柴田選手)

佐渡応援記

5年ぶりに上陸した佐渡島。それは、選手としてではなく応援のためだった。 トライアスロンを始めたデビュー年に、Bタイプに出場し完走を果たした。わたしにとって佐渡は、原点とも言える大会である。その後、ミドルを中心に出場し、ロングの宮古島大会を2度ほど完走しているが、日本一最長のAタイプにエントリーしたことは今まで一度もない。なぜなら、一筋縄ではいかないことを分かっているから。覚悟を決めれず、なかなか踏み切れないでいた。 競技をお休みして5年の月日が過ぎ、いざトライアスロンを再開しようと考えたとき、真っ先に佐渡大会のことが頭に浮かんだ。そうだ、Aタイプに出たい。日本一最長に挑戦したい。直感的にそう思ったが、残念ながら今年は出場資格がなく、Bタイプにもエントリーできない状況。複雑な心境のなか、冒頭のように佐渡島に上陸することになった。

<キッズボランティア>

落選して出場が叶わなかった仲間とともに、前日のキッズボランティアに参加した。 朝7時、河原田小学校の体育館に集合。任務は小学生低学年の選手登録受付とエイドステーションだ。

お名前を聞いてゼッケン番号を確認し、ネームホルダーとトランジションバッグを渡す。恥ずかしそうにお名前を言うキッズ達に萌えた。 スタート前にはエイドステーションへ移動しドリンクの準備。キッズだから少なめに…と紙コップに1/3ほど入れたが、それでも多いとグループリーダーに指摘された。そもそもキッズ達は大人と違ってそんなに飲めない。それなのに頑張って飲み干そうとするらしい。なるほど勉強になります。

時間差でスタートしたキッズトライアスロン。未就学児から小学生、大人のような体形のジュニアまで、一生懸命にゴールを目指すキッズ達はかわいかったし頼もしかった。大人になっても続けて欲しい。 肝心のお仕事のほうは、あまり暑くなかったため水分を取るキッズが少なく、まったく用なしのエイドステーションだったので応援に徹した。

レース終了後、支給されたお弁当を食べながらグループごとに反省会。ボランティア活動をして気づいたこと、感じたこと、改善したほうがいいことなど、リーダーが中心になって聞き取りが行われた。佐渡トライアスロンを良い大会にするためにはどうしたらいいか?という姿勢が強く感じられた。一年に一度「開催して終了」ではない。選手にとって、応援者(保護者)にとって、より良い大会づくりを常に目指している。また、「明日もボランティアします!」「明日はわたしも出場します!」そういう方々に助けられていることも決して忘れてはいけない。

<トライアスロンレース当日>

朝4時、Aタイプの選手と一緒に宿の朝ご飯を食べてから会場へ向かった。なぜかドキドキが止まらない。仲間を見つけてはエールを送るが、手を振ってもなかなか気づかない選手が多い。われら応援団3人で声をかけてようやく気がつくほどだ(笑)やはりスタート前は緊張感が漂う。

スイムスタート直前に浜辺に移動。運良く仲間数人に会えたが、そのとき土屋さんのゴーグルの紐が切れていることが発覚!あと数分でスタートというタイミングだったので驚いた。さらに驚いたことに応援団のチエさんが、そんなこともあろうかと予備のゴーグルを持っていたことだ。この日のために一生懸命トレーニングしてきて、スタート直前にスタートできないかもしれないアクシデントに遭ったら、どんなに動揺するだろうか。わたしなら半泣きになるところを、予備のゴーグルを受け取った土屋さんは、何事もなかったように号砲とともに海に入っていった。さすがだ。

どうか、みんな無事にスイムアップできますようにと、続々と上がってくる選手を拍手で迎えながら仲間を探し、見つけては声援を送った。AタイプBタイプのすべての仲間をバイクに送り出したあと、バイクコースの途中にある小木の坂へ向かった。

Aタイプなら162~3km地点、Bタイプなら80~1km地点ぐらいか。バイク終盤での高低差120mほどの坂は相当きついだろう。「頑張れ!頑張れ!!」と応援していると、「ありがとう!」と答える選手もいれば、手を振る選手、うなづくだけで精一杯の選手、「坂はあとどれくらい続きますか?」と質問する選手もいて様々だ。正午を過ぎてますます陽射しが強くなってきた。選手の汗もしたたり落ちる。昨年よりは涼しい…とはいえ、バイクパートはAタイプで7~8時間かかる。脱水症状、熱中症が心配だ。応援団も様子を見ながらこまめに給水した。

小木の坂から撤収する14時半が迫ってきた。指折り数えても、まだ10人超の仲間が通過していない。例年の経験から、小木の坂の通過が14時半過ぎると完走できる可能性が低くなるらしい。どうか、ギリギリでもいいから全員が通過できますようにと祈って待ったが、残念ながら数名の仲間には会えず小木の坂を後にした。 後ろ髪を引かれる思いでランコースへ移動。

1周目の7.5km、12.5km地点、2周目の28.5km、33.5km地点だろうか。つらい表情で走っている選手が多かった。この大会の厳しさが感じ取れる。Bタイプに出場している仲間はすでにフィニッシュしているのか、ランコースでの応援はできなかったが、みんな無事にゴールできたんだなと思うと嬉しかった。

正直、ランの応援は心苦しい。頑張って走っているのは百も承知のうえで声援を送らなければならない。走りたくても走れない。一度歩いてしまうと走り出せない。脚が膝が痛い。思うように補給が取れない。気持ち悪い。そんな経験はわたしにだって山ほどある。それを考えると本当につらい。だけど、いまできることを精一杯に頑張って欲しい。そんな気持ちで選手全員にエールを送った。

日が暮れて辺りは真っ暗。応援団の声と選手の息づかいしか聞こえない静かな田んぼ道。あとはゴールするだけの2周目の復路の選手が、「きょうは一日応援ありがとう!」と声をかけてくれた。ひとりだけではない。複数の選手が「きょうはありがとう!」「夜遅くまでお疲れさま!」と笑顔で労ってくれた。わたしはいままで、顔見知りではない応援者に感謝を伝えたことはあっただろうか。仲間からの応援にもちゃんと答えているだろうか。笑顔、リラックス、応援に答える気持ちの余裕。これらが自己ベストや完走に必ずつながるのだ。

制限時間の21時30分。打ち上げられた花火を見ながら、未来の自分の姿を思い描いた。来年、Aタイプに出場できたらすべての声援に笑顔で答えて完走したい。できるかな?できるように頑張りたい。 終わり

 

柴田 知代

 

 

「できる!応援します。」

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 応援記(Cタイプ鈴木選手)

佐渡応援記

佐渡Aタイプは、過去3回当選。実は、一度落選通知の後、聞いた事のない3次当選が含まれている。なので、今回が初落選だったが、記念すべき30周年記念大会であるため、最後まで信じて連絡を待つも、奇跡は起きなかった。

何か得るものはあるだろう想いで応援&初ボランティア(前日キッズ、ジュニアトライアスロン)で参加。 前日、人生初のボランティアを終了。

【スイム】迎えた本番。 6時 Aタイプスイムスタート いつものようにスイムスタートは突然のようにやって来る。 号砲が鳴り響き、長い一日の始まりだ。先頭の選手は泳ぎ始め、後方の選手はまだまだ沖に向かって歩いている。長い1日を覚悟して「そんな焦ってもね。」と言っている気がする。その後、全員が泳ぎ始めた頃、小魚が大型魚に追われている時に起こる「ナブラ」の様なバシャバシャとした音だけが静寂の海辺に聞こえていた。その音は徐々に沖合へと移って行ったが、選手達はここから孤独な闘いが始まるのだなと、他人事ながら無事に1日が終わってもらいたい気持ちになっていた。 応援スケジュールとしては、スイムアップ、バイク小木坂、ラン7.5km地点、ゴールの予定で応援。 予想タイムとおりの選手と予想を大幅に遅れる選手とで、期待と、一部ハラハラしながらスイムアップを全員確認。このまま、全員小木坂で会えるだろう気持ちで、一旦休憩後、車で移動。

【バイク】 小木坂へ向かう途中、選手権の戸原開人選手とすれ違う。下り坂ではあったが、ロケット並み。その他の選手もハンパない。そうこうしているうちに小木坂到着。 小木坂まで来れば、バイクも後半あと少しだが、結構な登り坂なので、マジでキツイ場所。午前中から声出して応援。「ガンバレ」「ファイト」全ての選手を応援。チームメンバーでも来ようものなら、興奮してワァーワァー言ってるだけにしか聞こえないだろう思いながら、応援を楽しむ。みんな頑張ってる。応援に応えてくれれれば、応援冥利に尽きる。選手は次々と小木坂を登っていく。この次の応援はラン。14時30分には小木坂を後にしなければならない。が、我がチームメンバー数名が来ない。 何とか来てくれ。祈る思いで小木坂を後に。

【ラン】 スタートから約7.5km地点にて応援。 既にBタイプは、ほぼ通過済みらしい。昼を過ぎ暑さが戻っている中、淡々とゴール目指して走り続けている。ラン2周目にもなると、意識は薄れているはず。日は暮れ始め薄暗い道を淡々と走っている。あっという間にに辺りは闇に包まれた。道路には投光器の灯が照らされ、ここからが佐渡の真髄とでも言いましょうか。足元もよく見えず、行く手の灯りを見ながら一歩一歩足を進めて行く。周りには、ただただ足音だけが聞こえている。ゴールまでガンバレ、ゴールまでガンバレ、選手の辛い気持ち、応援していても伝わって来ていました。

【ゴール】 ゴールは一見、華やかにも見えますが、時には厳しく、全ての人が喜ばしい場所でも無いとも感じました。 やはり、ゴールしなきゃダメなんだなと。もちろん、レース中色々な状況があり、運もあります。チームメンバー全員がゴールする事は、とても難しい事だとは思いますが、可能だとも思います。トライアスロンは、個人のスポーツではありますが、チームとして目標を掲げて全員でゴールを目指すのであれば、ある意味団体競技です。なので、勝手に自分の目標としてですが、来年は、「チーム全員佐渡A完走」です。みんなで練習、切磋琢磨して頑張りましょう。 まずは、抽選に当たらないとダメなんですが。ともあれ、シーズンオフ間も無くではありますが、来年に向けてボチボチ動き出しましょう。 今後とも、よろしくお願いします。

 

鈴木 靖

 

 

「来年は選手として。」

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 参戦記(Aタイプ人見選手)

佐渡参戦記

佐渡Aタイプは、12回目の挑戦です。2003に初完走、その後、合計9回完走しました。(ロングデビューの2002年、16年、17年の3回リタイアでした。)今年のエイジカテゴリーは、75歳。年々厳しくなる中で、家族、同年代からBタイプのエントリーを進められましたが、昨年、一昨年の悔しさもあり3年振り3回目の最高齢賞を獲るために、今年も “アストロマン” を目指しての挑戦となりました。

初完走の2003年、スイムスタートの図

スイム

天候は良好、波も水温もよし。外側後方に準備していたがチーム応援団より中央が良いのでは‼。意見を取り入れて中央より深呼吸してスタートしました。

前方のすき間を見つつ、ゆっくり泳ぎました。バトルは少なかったのは、中央からのスタートが良かったのかもしれません。1周終了頃から腰痛が心配でしたが、ヘッドアップを控え気味にして、多少の蛇行はありましたが目標通り、100分で無事陸に上がりました。(1時間41分)

バイク

トランジットでは毎度のことでウエットスーツ脱ぎ、日焼け対策等々で10分以上費やす。(改善せねば)陸に上がれば元気になり、高千ASまで心拍140、頑張りすぎと思い、その後、平地は130以下で走ることにする。住吉ASから小木AS間は力まず回転を意識して珍しく極めて順調に走れました。小木の坂通過はチーム応援団制限時間14時30分、応援団までの急坂、時間との戦いでしたがギリギリセーフ ”元気の出る応援” を頂きました。「この調子で頑張って走れ!」自分に言い聞かせた。小木の坂はまだまだ終わりなく、海岸線も向風強く、バイク後半で脚を使い果たしてしまいました。(暑さのため実走練習不足が原因かも)ただ、ランスタートできるタイムで良かった。(8時間18分)

ラン

バイク後半の影響で脚が思うように動かず、1周回は特にきつく感じましたが、チームメンバーとすれ違うたび、声を掛けあったり、チーム応援団にあい、元気づけてもらい、走り続けることが出来ました。2周目畑野WS残り10Km、制限時間まで90分、その後も宮川、金丸、八幡の各関門の制限時間との戦いでした。ただ、足が攣り、エイドごとに時計を見ながらの時間勝負でした。エイドでは、冷却スプレー、コーラ飲み、落ち着くことを言い聞かせました。制限時間5分前ゴールを目標に、ボーっとしながら走っていると、残り7.5km付近で、ラン最後のチーム応援団にあい「9分ペースでも間に合うよ~」の声掛け頂き安心しましたが、調子が戻ってきたので、キロ8分目標で頑張りました。

商店街で大勢の人から声援を受け(時間に余裕無くハイタッチ出来ずごめんなさい)やっと完走出来ると思いました。残り時間が僅かなために心配でチームメンバーがグランド前までお迎え頂き、皆で大喜びの同伴ゴールが出来ました。(5時間27分)

総合記録(15時間26分29秒)

天候にも恵まれ、またチームのみなさんの応援や沿道のご声援により無事に完走出来ました。

本当にありがとうございました。

75歳のエイジ1位+最高齢完走賞まで戴きこの上ない歓喜でおります。

 

 

「極意?。。。無理はしないことですよ。」

人見光義

 

 

「そして、2019年に10回目の完走を目指します!」

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 参戦記(Aタイプ小林選手)

佐渡の参戦記

7月に皆生が終わったとき、「1ヶ月ちょっとでまたこれやるの!?」と正直思いました。疲労が抜けない!という心配ではなくて、バイクが辛すぎて。

でも佐渡島は大好きだし、夏休みには普通の社会人に比べて練習時間が取りやすいし、出たくても出られなかった人がやっぱりいるし、と思ってコツコツ行こうと決意。

バイク。可能な限り渋谷のインドアバイクトレーニングに出るように心がけてはいましたが、この夏の土日は部活に時間を取られることが多かったのでチームの練習会にはなかなか参加できず、仕方なく平日の時間のあるときに一人で物見山往復ライドをやっていました。着いてから登りを2往復すると自宅から往復130㎞になるので、なかなかいい距離です。ただ、一人だとどうしても自分に甘くなってしまってスピードは持続しません。なので、「暑い時間帯に乗って暑さ対策作戦」にしました。とにかく苦手な種目なので、遅くてもいいから乗る時間と機会を増やすことに気持ちを切り替えよう、と。

ラン。仕事のあと用事がないときは毎日走って帰りました。遅くてもいいからちょこちょこ走って距離を稼ぎました。バイクと同じく「暑い時間帯に走って暑さ対策作戦」で、部活が昼で終わった日にはあえて暑い時間に走って帰ったりしてました。あとは、冬からずっとやっている路線ランで月に一度は50㎞くらい走る日があったりしたのも体力的にはよかったかなと思います。

佐渡Aは今までに3回完走しているのですが、2011年にランの関門に引っかかってしまった記憶は今でも消えることはなく、現地入りしても消えてしまいたい気持ちでいっぱいで小さくなって過ごしました。ここまできたら楽しむしかないよ!とはとても思えず…とにかく呼吸が浅い浅い。「どうしよう前日から心拍こんな上がりっぱなしでドキドキしてたら明日までに死んじゃう。絶対100超えてる」と思ってガーミン見たら52しかなくて、あれ、寝てる??みたいな挙動不審な土曜日でした。

レーススタート。

スイム。2周目の1つ目のブイを回ったところで左目をかかとで蹴られ、衝撃で一瞬息が止まりました。左のゴーグルが顔に食い込み、直そうとしたらズレて水がガンガン入ってきて、しばらく左目つぶって泳いでたのですが、さすがの視野の狭さに立ち泳ぎでゴーグルを着け直しました。1時間半くらいで上がってこれるかなー?と思っていたら28分。まずまず。

バイク。なぜか去年よりペースよく漕げました。暑すぎず、寒すぎず、空は青、海も青、山は緑。なんてレース日和なんだ!と思いながら走れました。周りから比べると決して速くはないのですが、去年のペースから計算した目標タイムよりもちょっとずつ速くエイドを通過できました。だって、去年小木の坂に着いたのは14時半過ぎで、もうボスたち応援団は撤収してまさに車を出そうとしていたとき。

それが今年は14時過ぎに会えた!!!!嬉しくて笑うことができました。魚道場の道路に出た途端にものすごい横風。向かい風じゃなくて横風。飛ばされそうになりながら町中へ。なんとかフィニッシュ。去年は8時間18分、今年は8時間0分。わーい!

ラン。鳥目のわたしはとにかく明るいうちに距離を稼がねばなりません。機嫌よくランスタートできたので、1周目はそのまま楽しく走れました。

よちよち走りながらも止まらず進めたので「これ、9時フィニッシュどころか8時半頃帰ってこれちゃうんじゃない?」と欲も出てきました。

しかし。ここから夜の暗闇が訪れます。去年は暗くなった2周目でほぼ歩き通したので、今年は暗いとこは歩いて明るいとこは走ろう、と思っていました。が。一度歩いちゃうと、もうだめですね。歩いたり走ったりって難しい。暗いところを目を凝らしながら必死で進んでいるのもあって、一気に疲労がきました。「ちえさんにちゃんと競歩の歩き方習っとけばよかった…」となんとか早歩き。力づくで進んでる感じでした。25㎞以降はまさしく苦行でした… 商店街の灯りが見えて視界が開け、元気が復活。たくさんの人が花道を作ってハイタッチで迎えてくれました。「おかえり!」「ナイスラン!」あぁ、帰ってこれたんだなぁ。

角を曲がって競技場に入る直前に後ろから「ブラッキー!?」振り返るとこじまさん!朝6時にスタートして200㎞以上を走ってきたのに最後の最後にあと数百メートルのとこでまた出会うなんて!!これは一緒にフィニッシュしなくてはなりません。2人で手を繋いで無事にフィニッシュ。2人でバンザイ!!去年が21時4分、今年は21時6分。あらら。

終わってみたらバイクまでの貯金をランの苦行で吐き出してました。でもホッとしました。緊張感が報われた瞬間でした。 トライアスロンは個人スポーツではありますが、やはりレース中すれ違う仲間と目線を合わせたり、声を掛け合ったり、手をパチンと合わせて元気をもらったり、は気分が上がります。1人じゃないんだなーって思えます。何より、自分を信じて待っててくれる人がいる、という気持ちは何にも勝る勇気を与えてくれる宝物です。今年もたくさんの宝物を見つけることができました。

チームのみなさん、ありがとうございました。そして朝早くから夜遅くまで精一杯応援してくれたボランティアのみなさん、島のみなさんのおかげで今年もいい夏を過ごすことができました。次に参戦するときはもうちょっと前日から笑えるように、また頑張ります。

 

小林 章子

 

 

「がんばりました🌸」

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 参戦記(Aタイプ土屋選手)

『2018 佐渡国際トライアスロン大会Aタイプ参戦記』

30周年記念大会である。つまり、佐渡島出身の私がトライアスロンに出会ってから30年目の節目。当時、実家の沿道はAタイプのランコースであり、第1回大会から3回大会までAタイプで連続優勝した城本徳満さんに憧れて、トライアスロンをするようになった。小さい頃は、自転車の後輪にガムテープを貼りまくり、黒のスプレーで塗りつぶし、ディスクだと真似事をした。DHバーも針金に新聞紙を巻きつけ、それにテープを巻き、その自転車に乗り喜んでいたものだ。そんな当時の小学生時代の私に恥じないパフォーマンスをしたいという思いで、今大会にのぞんだ。

8/29には佐渡入りし、バイク実走をして、8/31にチームが来るまで待った。その間、大雨洪水警報が出るほど、雨が降っていた。前日には雨は晴れ上がり、絶好のコンディションで大会当日となった。

結果
13時間27分54秒 290位/795人完走中でした。
swim 1時間25分31秒  4km
bike 7時間3分28秒(bike→runトランジットも含む、手元の時計では6時間47分33秒)190km
run 4時間58分55秒 42.2km

total 236km

(昨年14時間20分28秒であり、53分速くなった)

[swim]2km×2の4km
スイムチェック、試泳が終わり、海岸に上がり、Cタイプ応援団と話していると、スタート1分前になり、恐ろしいことに気づく。ゴーグルのゴム紐が、切れていた。チエさんが、こんな時があろうかと、予備のゴーグルを持参していたのでそれをお借りすることになった。女神降臨、奇跡が起きた。「もうこれ以上は何も起こらないから大丈夫だ」と励まされ、ゴム紐を調整して、すぐにスタート。
このゴーグルの視界がとてもよい、周りが良く見える。
佐渡はいつものことだが、スタートバトルになる。隙間を見つけて、少しずつ前に出て行く。ペースがどうこう考える余裕は全く無く、とにかく泳ぎやすい位置を探しながら前進した。第一ブイを過ぎた辺りから、大分バラけてきた。第ニブイを過ぎ、浜辺に向かい直進する。右ブレスなので、太陽が眩しい。一旦浜辺に上がり、この時点で42分、まずまずのペースだ。二週目に入る。バトルは全くなく、自分のペースで泳いで行く。一つ一つストロークを確かめながら、前に進む余裕があった。途中水温が下がる場所もあり、気持ちよく泳げた。スイムアップ近くになると、スイムキャップが脱げそうな感じがしてどーにもならなかったので、スイムキャップを手に握りしめて泳ぎ続ける。それ以外は、何一つ問題なくスイムアップ。吐き気・嘔吐などの脱水症状なく、体調に問題なし、バイクトランジットに向かう。無理して、とばしてないので疲れは全くなかった。

swim 1時間25分31秒  4km
昨年より、4分速い。

トランジットで、この日第ニの問題が起きた。ヘルメットのフェイスシールドがない、周りを探したが見当たらず、仕方なく、ラン用のサングラスを使った。写真を撮られることを考えると、絶対にシールドの方が格好いいが仕方なく諦めた。スタート前に大塚さんに写真を撮られる。「あー、シールドがあればなぁー」と思い、バイクスタートした。

[bike]190km
佐渡を1周するダイナミックなコース、これが佐渡大会の最大の魅力だろう。
昨年の反省から、最も力を入れて練習し、このパートだけは速く走りたいぐらいのこだわりがあった。
スタートからゴールまで、インドアバイクトレーニングのサウンドが頭の中を駆け巡っていた。特に坂道では、ロシア民謡のカチューシャが流れ、ぐんぐん登る。
スタート直後はフラットが続くが決してスピードを上げることなく、28-29km/hで抑えて入る。その後、小さな坂、フラットが永遠に続くことになるが、ギアは軽めにして、高回転でペダリングした。小さい坂も、ややもすると、フラットの重いギアのままで乗り切りたくなるが、いくつ続くのか把握しているので、それを考慮すると多少周りから遅れをとっても、軽いギアに切り替えて高回転を維持した。岩谷口、大野亀の坂も、軽いギアでとにかく高回転で登る。見立を過ぎて、内海府のフラットに入るが、ここから住吉ASまでの約30kmある。向かい風そこそこ、ひたすらDHポジションの高回転で耐え抜く。住吉ASを11時間9分に通過し、105km地点で3時間38分であり、約ave 30km/h。両親が応援していた、宣言していた11時通過より、9分遅れた。ここから、水津に行くまでに真木、大川、入川などの、そこそこの坂が待ち構えているが、試走で走っているので、無理なくクリア。水津を過ぎ、弁天岩辺りでペースが上がらなくなったので、3分程度のトイレ休憩をし、自販機でリアルゴールドを買い飲んで再スタート。リアルゴールドが効いたのかペダルを踏み込めるようになった。ここ水津から小木までの前浜はフラットが続く。内海府のフラットと同じく、多少の向かい風フラットであり、DHポジションで、高回転ペダリングをする。150km地点で5時間15分ぐらいでペースは全く落ちず。難所小木の坂(161km地点)通過が、13時ちょい過ぎ、昨年より1時間近く速い。Cタイプ応援団が応援して下さり、「ワンツー、ワンツー」と声をかけて頂く。小木→羽茂→西三川→鉄砲鼻あたりまで20kmは、緩やかだが長いダラダラとした坂が続く。これが、160km地点以降にあるので、選手の足を痛みつける。さすがに、両側大腿前面の筋肉が痙攣しかかっていた。ここも、高回転ペダリングでしのぐ。
最後の10kmは、またまた、やや向かい風フラット。踏ん張っても、27km/hを出すのがやっと。前の選手を次々とかわしていくと、途中、後ろの選手がずっとドラフティングしてきたので、「前に出るなら出ろ、それができないなら、後ろに下がれ」と言ったら、彼は後退した。耐え抜いて、バイクフニッシュ。
サイコンでは、6時間47分43秒。昨年より、45分速い。
スイムアップ346位→バイクフニッシュ288位で順位を上げる。いつも、バイクで順位を落としていたが、今回は順位を上げた。

トランジットでランの準備をして、最後のトイレを済ませ、ランスタート。ここでは特にトラブルなし。

[ランニング]21.1km×2のフルマラソン
14時28分にランスタートしたが、気温も日差しも強く、ジリジリしていた。1周目までは、6分10-30秒/kmのペースを何とか保ち走る。ひたすら我慢が続く。ランになると、周回コースなので、同じチームの方とすれ違うことになる。自らも声を張り上げて、互いの健闘を讃えあった。
2周目に入ると、両側大腿及び下腿後面が痙攣し始めた。止まると痙攣の範囲が前面にも達するので、止まらないようにし、痙攣が起きにくいフォームがあったので、そのフォームで走り続ける。記録を見ると、6分40-7分/kmまでガタ落ちしている。残り10kmの地点で日が暮れてしまった。この時点で、「明るいうちにゴールする」という目標は達成できず。
しかし、ゴールを目指すしかなく、耐えて耐えて前に進む。無理にペースを上げると、足の筋肉が全て痙攣し、走れなくなる恐れがあったため、ペースを維持する。河原田小学校グラウンドに入り、19時27分54秒にフニッシュ。
4時間58分55秒
昨年より17分速い。

バイクスタート288位→フニッシュ290位で、僅かに順位を落とした。

[まとめ]
結果は、昨年より、53分速いことになり、特に昨年大会で課題となり、必死に取り組んだバイクで結果をだしたことが大きな成果である。スピニング、ローラー、実走とバランスは良いかどうかは別として、それぞれに何のためにやっているかを考え、その意義に集中して取り組んだ。6月にIM Cairnsに出場したが、バイクタイムが、佐渡の方が10km長く、難所も多いが、15分しか違わなかった。佐渡のバイクを頑張ったのか、CNSのバイクをサボったのか、うーん、おそらく後者ではないかと思う。
ラン後半で失速したのは、痛い思いをした。ランパフォーマンスの低下は、バイクパフォーマンスの影響もあろうが、ラントレーニング不足は否めない。今後の課題であろう。10月以降はしばらくは、毎年のことだが、マラソン中心にしたい。30代前半のパフォーマンスを取り戻さなくてはならない。なかなか自己ベストが出ない、ここ3年間である。10/28横浜マラソン、12/2 湘南国際マラソン、12/9埼玉国際マラソン出場予定。

スイムは、不得意だと最も自負している種目であり、基本だけを中心にプールで練習を重ねた。6月ぐらいから、しつこく、茅ヶ崎に通い、OWSの効果が出たと思う。

トレーニングとしては、仕事上、月半分以上は夜勤当直をしているので、なかなか思うような時間がとれず、苛立ちを覚えた時もあったが、とにかく、頭を使い、効率・質を重視し、常にトレーニングできる、体を整えるようにしてきた。その効果は出たと思う。
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今回の目標は、「小さい頃の自分に恥じないパフォーマンスをすること」と「明るいうちにゴールすること」であった。後者は達成できず、来年に持ち越し。前者は、30年前の小学生の私も許してくれるパフォーマンスではないかと思う。
今年のロングディスタンスは、IM Cairnsと佐渡Aで終了。いずれも良いレースであった。
来年は、3月にIM NZ、6月にIM Cairns、9月に佐渡Aの予定。佐渡Aでは、さらに1時間は縮め、「明るいうにゴールしたい」と思う。
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土屋 光正
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「限られた時間の中でやり切った!」

Club GERONIMO Challenge 2018 佐渡組 参戦記(Aタイプ片岡選手)

佐渡参戦記

去年の3月頃とある練習会で、佐渡Aは死ぬまでに一度は完走したいですねと大塚さんに話したことがありました。それに対して大塚さんに今年は無理でも来年なら間に合うのではと言われたことが私の佐渡Aチャレンジのきっかけとなりました。

その頃の体重は40キロのダイエットからリバウンドし100キロくらいありました。先ずは糖質制限をして、願掛けの為に三度の飯より好きなラーメンを断ちました。 体重を90キロにしてセントレアを完走し、85キロにしてClub GERONIMO として参加した佐渡Bを完走しました。タイムリミットの21時30分に上がった花火は安室奈美恵のHEROにシンクロし感動的でした。でもその花火はAタイプの完走者を祝福しているように感じられ、来年のAタイプ完走への気持ちが強くなりました。

佐渡のレース翌日、Clubの皆んなと地元で人気の長三郎鮨でお昼ごはんを食べました。そのお店は元々ラーメン屋さんで2代目のご主人が東京で修行してお鮨も出すようになったという変わったお店で、鮨とラーメンのセットが名物です。ラーメン断ちしている私は美味しそうに食べる仲間を横目に見ながら、来年Aタイプを完走してここで最初のラーメンを食べると心に誓いました。

Team GERONIMOが発足し、12月に大塚さんからジョグノートでメンバーのトレーニング量を共有する提案がありました。それまで漠然としていたトレーニング量を記録するようになり自分の練習不足が露呈します。 私は大塚さんに言われた1ヶ月のトレーニングノルマのswim20km bike500km run200km を5ヶ月間守り体重を82キロくらいにして、ロング初挑戦の宮古島トライアスロンを完走しました。

嬉しかったのですが、まだ佐渡Aを完走できるとは思えませんでした。何故なら宮古を完走できても佐渡Aをリタイアする人を何人も知っていて、佐渡Aの過酷さを知っていたからです。 佐渡Aを攻略するには190キロに及ぶバイクを制することに尽きると考えバイクに重きを置いた練習を重ねました。

インドアバイクの練習会は出来るだけ参加し、実走を想定しながら一定の高回転で回すように心掛けました。逆に実走の際にはインドアバイクを想定し頭の中で音楽をかけながら一定の高回転で回すようにしました。また、時間を有効に使うためにヤビツ峠や箱根のような峠道をタイムを計りながら心拍MAXで全力で漕ぎ、その後に10キロ以上走るという練習を重ねました。一人ではできない練習もチームメイトと一緒に行うとできちゃいます。この練習が後に効いてきます。

とうとうレース前々日に佐渡入りします。体重は宮古の時と同じくらいです。夏風邪を引き、抗生剤やら咳止めを飲みながら今一つテンション低めでした。レース会場で選手登録し、皆んなでお昼ごはんを食べに行った際に事件が起きました。会場近くのねこちゃんラーメンに入ったのです。ラーメン断ちしている私はメニューにあったカレーを頼みました。ところがご飯が無く、カレーは出せないと断られてしまいました。仕方なく一人他の店で食事しましたが、ラーメン断ちをしていることを明かしました。長三郎鮨で初めて明かそうと思っていたので痛恨です。

そしてレース当日。長い一日の始まりです。

午前6時スタート。スイム1周2キロを終えガーミンを確認すると52分。2周を終えて時間を見ると1時間56分。遅過ぎる…。遅過ぎてBタイプエイジスタートの松田丈志と同時にスイムアップ。これは内緒だなと思いつつトランジットに向かうと応援のためだけに来てくれたチームメイトの声援が。思わずすみませんと呟きました。後で調べたら、2周目は2.4キロ泳いでいることが判明。途中レスキューにも注意をうけるほど流され大回りしました。

気を取り直してバイクスタート。Z坂や大野亀を難なく超え、鷲崎から住吉は追い風にも助けられてクルクル回せました。ほぼ想定していたタイムでレースは進み、バイクあと55キロくらいの地点で事件は起こりました。 Di2が動かなくなったのです。バイクを降りバッテリーを入り切りしたり手動で変速できるかチャレンジしましたが上手く行かず、時間がもったいないのでフロントがインナーでリアがトップというかなり重い状態で再びスタート。WSを通過して重いギアのまま10キロ進みました。このギアのまま小木坂は登れない。このままメカニックに会えなかったら…リタイアの文字が頭に浮かびました。精一杯のことはやろうと心に誓いながら進み、次のASで、メカニックのいるエイドはどこですかーと叫びました。すると声をかけた人がメカニックで、ここです!どうしました?と。私はDi2が動かなくなっちゃいました!と言うともう一人と二人でパソコンを使って手際よく応急処置をしてくれました。何という幸運。DHバーに取り付けたハイドレーションに入れたドロドロの補給食がジャンクションにかかったことが原因とのこと。作業時間は15分くらいで、メカトラにかかったタイムロスは全部で20分くらいで済みました。まだ充分にゴールできると確信し、ありがとうございますとメカニックさんに30回程伝えて再びスタート。

小木坂で応援の皆さんに会い、元気をもらいいざ佐和田へ。 メカトラがあったにもかかわらず、バイクパートを7時間13分程で終えました。

想定していた15時のランスタートから遅れること21分の15時21分にランスタート。8キロ地点で再び応援団の皆さんに元気をもらい田圃の真ん中を疾走。折り返しのコースなのでチームメイトや友人と声をかけたり、ハイタッチしながらの楽しいランになりました。最初の一周(21キロ)は2時間20分程度でした。2周目は脚が攣りそうになるとエアーサロンパスをASでかけてゆっくり走り、頭が朦朧とするとバナナやらおにぎりやらをやたらと食べました。そのおかげで、2周目は3時間くらいかかりましたが脚が攣ったりハンガーノックにならずに済みました。一つ不満なのは2周目ペースがガタ落ちの私に応援団のチエさんから、ぼうっと走ってんじゃねーよ!って檄を飛ばされなかったことです。残念。

こうしてトータル14:40:03で念願の佐渡国際トライアスロンAタイプを完走しました。

タイムリミットの21時30分に上がった花火の曲は前日の予想通り安室奈美恵のFinally。感動しました。涙が出るかと思いましたが、脱水で全身カラカラだったために出ませんでした。さらに頭や体に色々不具合が生じていたため、ゴール地点での集合写真に写らず宿へ帰ってしまいました。残念。

翌日は表彰式に参加。チームメイトの人見さんが、Aタイプ最高齢完走(75歳)で表彰されるのを祝福した後、長三郎鮨へ。一年半ぶりのラーメンを堪能しました。死ぬほど美味しかったです。

レースを終えてつくづく思うことはロングは完走とリタイアは本当に紙一重だということ。私もメカトラに見舞われましたが、幸運にも恵まれて何とか完走しました。もしASでメカニックに寄った時に先客がいたらもっと時間がかかったはずだし、暑かったり、もっと風が強かったりしたらパフォーマンスが上がらなかったと思います。ただ、それも含めてロングの醍醐味だと思いました。

最後に一言、佐渡国際トライアスロンAタイプは誰でも完走出来ます。何せ私でも出来たのですから。トライアスロンは仕事ではありません。でも単なる遊びでもない。ライフスタイルという表現がぴったりだと思います。人見さんのゴールに感動したこともあり、ライフスタイルスポーツとしてトライアスロンを死ぬまでつづけたい。改めましてそう思いました!

 

片岡 直人

 

 

「徹底した実行力が実を結びましたね。」